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■技術士(建設部門:土質及び基礎、建設環境)
■技術士(農業部門:農業土木)
■上級技術者〔施工・マネジメント〕(土木学会)
□のり面施工管理技術者
□一級土木施工管理技士
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ヤマトです。
GW、ブログに時間を使っているのはヤマトぐらいなものですね。。。
他のブログでのお知り合いの方々は大半が更新をなさっていらっしゃいません。
勉強に家族サービス?にお忙しいのだろうと推察致します。
ヤマトはこのGWずっと自宅にて土木学会誌の特集企画を練っています。
それ以外していないと言っても過言ではありません。
何ともはや。。。
さて、この紀行もいよいよ佳境です。
早速始めます。
なお、木村監督:K,ヤマト:Yと表記することをご容赦願います。
その前に、ヤマトがインタビューというのは初めてであることを木村監督に告げると、木村監督は次のようにおっしゃいました。
「だったら僕が仕切ってあげようか♪」(笑)
Y--木村監督がこの度、「剣岳・点の記」という作品を選ばれた理由を教えてください。
K--絶対に日本映画では取り上げない作品だと思っていた。
日本映画というのは、今、当たるか当たらないかを考えている。
昔はいい映画を作ろうというのが主で、それが当たったとか当たらなかったとか言って
いた。
今は作る前から当たらなければゼロという価値観に支配されてしまっている。
自分もそのなかで働いているわけだが。
カメラマンとしての仕事の幅が狭くなってきた。
年齢とか特異な性格で監督にいやがられる。
映画の世界に残っていたいという気持ちもある。
単行本の時代に読んだけど、こんなものはとてもごまかして撮るのならやりようはある
けれど、大自然を相手にした映画を撮ることは無理だと思った。
標高3,000mのところでやっている。
八甲田山の場合だって標高700から800mのところで撮ったもの。
辛さを自覚している。
今時のCGでやるなら別だけど。
撮影には適さない本だと思っていた。
2006年1月に文庫化されたのを読んだ。
ある企画が2005年の秋につぶれて、3年間暇になると思っていた。
その時間を使って旅に出た。35mmのフィルムカメラを持って旅に出た。
良い条件があったら回しておこうと思って。
個人のフィルムライブラリーを持っている。
そういうことの足しになるだろうと思って、日本海の冬の海を撮ろうと思って、
2月に能登半島に10日間くらいいた。
荒波を撮ろうと思っていたのに波が立たない。
まあダメだと思って、風の吹くまま気の向くままにが自分の人生。
東京に帰らなければしょうがないと判断した。
途中でふと思って、富山を通るので剣岳を拝んで帰ろうと思った。
富山県上市町の剣岳が良いので、麓からそれを撮ろうと思った。
真っ赤な朝焼けのシルエットの剣岳を。
えらい神々しかった。
やっぱりいい山だなぁと思って、山を見ながら文庫本をもう1回読んでみた。
これをやっぱり映画にしたいなぁと思った。
そうすればあとの3年間ぐらい、そのことだけを考えていれば生きられるという思いも
あった。
仕事が来なかったら地獄だから。
そういう生活を何年もやっている。
これを考えていたら生活に張りが出る。
それで東京に帰って考え出した。
Y--頂いたパンフレットの中にも出てているんですが、剣岳を見て文庫本を読もうと思った
のは、何か監督の心の中に残るものがあったのでしょうか。
K--ボクは自然の中の人間の小ささというのをいつも思っている。
自然というのは人間が壊さない限り、太古から未来までずっと続いていく。
温暖化や環境の汚染で50年後はボロボロになっているかもしれないけれど。
だいそれたことは思っていないが、そういう中でのドラマが大好き。
黙々と仕事に献身している人たちのことを、原作の著者の新田さんはドキュメント式に
日記式にして描いている。
この原作を点の記のまま映画化したいと思った。
描かれている人間たちの淡々とした日常を描きたいと。
測量というのは上ってからが仕事で、見えなければ撤退しなければならない。
撮影の世界も測量の世界と同じで、ダメだったら帰ってこなければならない。
あっちは地図を作るためだけに、こちらは映画を作るためだけに。
そういう意味では自分の人生と重ね合わせて考えられるなと。
だったら、新田さんの原作を借りて、自分の精神的な思っていることを全部叩き込もう
と思った。
自分は今までいろいろなことを言っている。
そのとおりに生きたいと思った。
非常識に生きようとすると衝突が起きる。
だから仕事の幅を狭くしている。
自分の思っていることを全部叩き込もうと思った。
本の内容をそのまま映画にしようと思った。
省略していったら、手抜き。たんたんと撮らなきゃいけないと思った。
日本映画界では、だれかが死ぬ、だれかが病気になる、だれか悪い奴を作る、
そこでドラマができると勘違いしている。
だから似通ったものになってしまう。
そういう映画を見るとうんざりする。
そういうことがいっさいにない、仕事に邁進しているだけが映画にならないかなぁ
と思った。
当初はそれがドラマにならないと言っている人がいた。
今は「ドラマになった」とみんな言っているんだけど。
東映もドラマにならないと言っていた。
人間関係のどろどろした部分を入れたらと言っていたが、それは全部拒否した。
自然がドラマを作るんだ。
人間の美しさというものは、自然の厳しさに対抗するところで美しさが出るんだよと。
もろもろのことがあって、自分の思いどおりの人生を撮ろうと思った。
Y--昨日、映画を拝見して思ったのは、原作本の中にもあるが、
「何をなしたかではない、何のためになしたか」
K--これは高倉健さんもおっしゃっていて。
たとえば「雨あがる」という黒沢明さんの映画のメインテーマ。
黒沢さんは山本周五郎が大好きだから。
その前に同じことを言っている人がいる。
黒沢さんも映画は記憶だと言っている。
ロバート・プラウニングが「人間の進化は、その人が死んだとき、
その人が何をなしたかで決めるのではなく、彼が生きていたとき、
なにをなそうとしたかである」
という言葉があって、山本周五郎はここから採っている。
それは非常にいいことだと思う。
時代を経て、世界的な積み重ねの中から出てきた言葉だから。
山本周五郎が取り上げ、黒沢がシナリオにした。
「雨あがる」の監督である小泉堯史さんと監督補の野上照代さんは、
映画のいいところでこの言葉を2回も使っている。
手紙の形とたよに語りかけるところと。
Y--監督は「技術のことについて、余りとやかく考えていたことがない。
それよりも大事なのは心。
心を集中するということが大事なんだ」とおっしゃっておられますが……。
K--心がそういう条件になるまで、絶対にカメラをまわさないんだと。
これがすばらしい条件になるまで待つんだと、心は精神的なもの。
技術ではない。
じっと待っているしかしょうがない。
大自然を相手にしたら、人間は何もできないんだから。
神のひとしずくのお情けをちょうだいして撮影するということだよ。
Y--私ども土木に関わるもの者も同じなんです。
大自然を相手にというのではなく、大自然に生かしてもらいながら、
物をちょっと作らせてもらっている。
また、集中が大切だと監督はおっしゃいます。
K--それは人間が自然の一部だということ。
この映画で動物がいっぱい出てくるけど、あれも自然の一部。
人間もえらそうに言っているけど、人間はたかだか生きても100年。
そういうちっぽけな人間たちが、なにをおぞましいことを考えているのかという話。
そういう映画にしたいというのはある。
集中というのは、何人かのスタッフの中で集中していない奴は排除していった。
お互いが集中していないと、集中していない人が目立ってくる。
自分たちまわりは気にならなくなる。
仕事をやっていく上で非常に邪魔なものという考えがある。
Y--監督がおっしゃりたいと思ったことが2つあります。
あちこちで拝見するが、日本の豊かな自然というものは壊れかかっている。
50年先には見ることができないかもしれない。
今、生で遺しておくということが、いかに大事かということと、
先ほどから話していただいているように、自然のなかで、
今回の測量というテーマを扱っていますが、
人の目に触れないが、とても大切なことをやってきた人たちがいたんだよ
ということを知ってもらう。
K--ただ地図を作るためだけにということ。
ほかの職業でも同じ。
映画もそう。
八百屋でも野菜を売るためだけに生きている。
それは日本国民の99%は同じ。
あとの1%だけが悪いことをやっている。
あとはみんな黙々とやっている。
こんな日本経済の状態にしたのは、自分たちの責任はない。
リストラされる人も、その人には責任はまったくない。
あとの99%はこの映画に描かれている人たちと同じ。
ただ職業が違うだけで。
それを測量士の話として取り上げたのいうのは、
この仕事が大自然を相手にしているから。
そこにドラマが生まれる。
それこそが映画だと思った。
そういう感覚をずっと持っている。
今年70歳になると、遺したいという気持ちはないが、訴えたいという気持ちがある。
Y--地味な測量というテーマだからこそ、
今の映画界というのが本当にこれでいいのかというところが表れたように思いますが。
K--測量協会のために映画を撮っているわけではないから。
測量協会が最近出てくるけど、それはちょっと違うぞと。
確かに実体験を借りているけど、隠れたすばらしい仕事を借りているけど、
それだけを言いたいわけではない。
あの当時に地図を作るのが意外に過酷だということを、
自分の足で山深く分け入って測量していたということは、頭が下がる思いがする。
Y--監督自らが柴崎芳太郎の感覚で映画全般を取り仕切られたという、
地で行かれているなと。
K--原作にはない、いろいろな台詞を映画には取り入れている。
それは自分が思い込んでいるところを台詞にしている。
だれかが行かなければ道はできないというのがこの映画のテーマだと思うけど、
これは魯迅が遺した格言
「地上にはもともと道はない、多くの人が歩いたあとに道ができる」
をそのまま台詞にすることはできないから、
「だれかが行かなければ道はできない。だれかが登らなければ道はできんじゃ」
と宇治長次郎に言わせている。
それは自分の人生も柴崎の人生もそう。
それは宇治長次郎の歩む道でもある。
この映画に出てくるいろいろな人があるけど、いろいろな細かいことは、
全部ある意味では自分自身であるということろがあって。
それと最後に、自分が答えだと思った台詞なんだけど、
「何物にもとらわれず、何事も恐れず、心のままに」
という言葉を柴崎芳太郎の言葉としてラストシーンの雨の中で言わせるでしょ。
あれは俳優の浅野忠信さんが色紙に・自由・と書くんですよ。
浅野忠信という人は、人生を自由に行きたいと思っている人。
ボクは自由という言葉が欲しい。
2年間、ずっと山の中で、最後のシーンを撮る前に、
浅野さんに「自由って何?」って聞いてみた。
それに対して「自由は自由だと思うんですけど……」という答えで、
「それはよくわかるんだけど、言葉にしてみたんだけど」って先ほどの言葉を示したら、
浅野さんが「いいですね」と言ってくれた。そういうような作り方。
Y--あれは監督自らのメッセージだなというのが如実に示されていた。
K--「そこに山があったから」というマロリーの言葉は美しいけど、
何の答えにもなっていない。
2006年にロケハンに行っている。
一人で3週間も行っていた。
土地の人たちに「映画製作に協力してほしい」と言ったとき、
だれもが「詐欺師が来た」と思っていた。
3週間ひとりで従業員の泊まる部屋に泊まって、
一人でとことこと出て行くことを毎日やっていると、相手の見方が変わる。
山の上に登ってふうふう言って2時間ぐらい昼寝していた。
撮影じゃないから楽な気持ち。
上ってくる人に「なんでしんどい思いをして登るのかと200人に聞いた。
みんなニコッとして微笑むだけ。
これが答えだと思った。
これが最後に作った言葉の自由につながる。
この人は山に登ることで解放されるわけ。
地上で嫌な思いをして、しんどい思いをして登ってくると解放感とか達成感が答えだ。
あの映画が答え。
その言葉を2年間かかってやっとひねり出した。
今までいろいろなところから借りてきて。
これは原作にはないわけ。
原作権を持っている息子さんに「映画化したい」という手紙を書いた。
それを息子さんが読んで、この人だったら、好意的な思いがあった。
「木村さん、父の原作にこだわらなくてけっこうです」と言ってもらえた。
僕は新田さんの精神性と藤原正彦さんの「国家の品格」の精神性、
そして自分自身の精神性が全部合っているから、
非常にすばらしい作品だと言ってくれている。
Y--軸はぶれていないと。
K--もっと具体的な言葉としては山本周五郎や魯迅だとすごい人ばかりだが、
そのことに関して、藤原正彦さんは「それは困ります」とは言っていない。
自分の言いたいことや精神性を叩き込もうと言うか。
Y--誰それさんの言葉とおっしゃっていますが、私はそれは違うのではないかと思う。
というのも、同じ言葉であっても、背景にあるものは全部違うのではないかと。
たまたま、発せられた言葉が同じかもしれませんが……。
監督が同じ言葉を言っていても、
黒沢監督が同じ言葉を使ってもまったく違うと思う。
価値観その他は。
でも、軸は同じ。
寄り付いたところが違うから、価値観はまったく違う。
K--そう言ってもらえるとうれしい。
映画監督なんかどっかからパクってきたのに、さも自分が作ったかのように言う。
ルーカスもコッポラも「ほかからもらってきた」ということをハッキリ言う。
そういうことが、黒沢さんの語る「映画の記憶」と言う意味。
「記憶の中からしか映画はできない」とも言っている。
天才的な黒沢さんですら、過去にインプットされたものが自分の映画中に出てくる。
Y--パクリというのは、基本的に形だけがそのままであって、
背景に精神やベースになるポリシーを持っていないものがパクリであろうと思います。
K--元の表現よりも上回っていたら、それはオリジナリティといえる。
日本人は猿真似と言われた民族だが、
そこから始まってオリジナリティを世界に発信していった。
Y--それは今まで監督が生きてこられた、歩いてこられた部分を、
全部凝縮されて発せられた言葉だから重みがある。
意味も価値もあるんだと思う。
同じ言葉であっても、他の人が発したものとはまったく違うもの。
だから今回の映画が、単に測量というものを扱っているけれども、
その裏側にある大きなものをちゃんと見逃すなよということをおっしゃっておられる。
K--世に言う一般の観客、その人たちは全部見抜いている。
感想文や発言を聞いていると。
人間がどうあるべきかということを。
映画を見ている人のなかから、誇らしげに私は測量士ですと立ち上がる。
今までそんな場はなかったんだろうね。
家族にはぼろくそに言われているんだろうけど、家族や親戚を連れてこないと、
その人の価値が伝わらないよと。
ここまでが凡そ半分程度です。
以降はまた後日に続きます。
では今日もBreakThroughを目指しましょう♪
こんにちは。
紀行、読まさせていただいています。
言葉に深み、重みがありますね。
途中、ヤマト節も聞かれたので、嬉しくなりました。
私も山登り(登山レベル)を少しやるのですが、
その動機の源泉の一端が理解できたように思います。
ご無沙汰致しております。
最近のごんぎつねさんのブログはとても難しい内容に踏み込んでいらっしゃいますね。
感心して拝読させて頂いております。
自分では気がつきませんが、ヤマト節なるものがあって、それが表現されているのでしょうか???
普通に書いているだけに過ぎないのですが。。。
山登りに限らず、人生の意味は達成感にあるような気がしてなりません。
そのためには目的・目標をきちんと見定めることが大切なんだと改めて今回のインタビューを通じて確認できたような気がしています。
今回の紀行文が何らかのお役に立てれば幸いです。
わざわざお越しを頂き、コメントまで頂戴できましたことは望外の喜びです。
またのお越しを心よりお待ち致しております。