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■技術士(建設部門:土質及び基礎、建設環境)
■技術士(農業部門:農業土木)
■上級技術者〔施工・マネジメント〕(土木学会)
□のり面施工管理技術者
□一級土木施工管理技士
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ヤマトです。
Jリーグ・ナビスコ杯では大分が栄冠を勝ち取りました。
ゴルフ・マイナビABC選手権では17歳の石川遼氏がプロ転向後初勝利。
それぞれ大きな成果はまだ先のこととと思っていました。
どちらも大きなプレッシャーの中、ベスト・パフォーマンスを出して成果を手中に納めました。
両者は、共に内外の大きなプレッシャーをはねのけての成果である点が特筆できます。
大分の歴史は、苦悩と、そこから懸命にはい上がる歴史でした。
大分はJリーグ開幕翌年の94年に発足。
母体となるチームも親企業もないゼロからの出発でした。
マウンドを削った野球場で汗を流しました。
自前の練習場、クラブハウスはなく、シャワーは水道を浴びました。
川沿いの練習場ではシャワー代わりの川で、おぼれかかった選手もいたと聞きます。
「入団したときは車の中で着替えることもあった」(高松)。
それでもチームをJ1に上げたいという夢があったと言います。
94年に県リーグから出発し、JFL、J2にステップアップ。
しかし、3年連続で最終節にJ1昇格を逃します。
今回のナビスコ杯でMVPの高松は、翌年入団が決まっていた高3の99年に、目の前でJ1昇格を逃す試合を見ます。
J1昇格後も毎年のように残留争いに加わり、スポンサー撤退、未払い問題が起こるたびにクラブ存続の危機にも立たされました。
アテネ五輪代表に選出された高松には05年オフに浦和とC大阪から獲得オファーが届きますが、6000人を超えるサポーターの署名で残留を決意します。
「大分を、自分のクラブを優勝させるのが夢だった」と語る高松。
主将を任された今季、両足首の故障でチームを離れることが多かったが、大トリでミスター・トリニータの役目を果たしてみせました。
今季大分の予算は浦和の4分の1の約20億円。
先制点を取って、みんなで守り抜く。
これまでの苦悩で貧乏クラブのカラーをつくり上げました。
親企業を持つ旧JSL(日本サッカーリーグ)勢とは違い、選手集めから始めたクラブにとって価値あるJ1タイトルです。
「(九州の)他のクラブにも刺激になったと思う。夢がひとつかなったが、次は違う歴史をつくれるようにしたい」。余韻につかる間もなく5日には天皇杯4回戦が控えています。
そして現在4位につけるリーグ戦との3冠が、次なる大分の野望になるのです。
信じて頑張り続ければ、必ず花は開きます。
史上最年少V(15歳)となった昨年5月の「マンシングウェアKSB」以来、プロ転向後初となるツアー2勝目をあげた石川遼は、首位と3打差の3位でスタートしました。
首位を猛追し途中並ぶ場面もありましたが、逆に突き放され苦しい終盤戦。
並の新人選手と違うのはここからでした。
さらに攻める姿勢を強め、一気に首位を抜き去り、最終ホールでは2位に2打差をつけてトップに立ちます。
このホールの攻め方に石川遼の真髄が凝縮されていました。
525ヤード(パー5)の18番ロングホール。
グリーン手前に口を開けるウォーターハザード。
普通なら第2打は無理をせず、刻んで3オン狙いです。
ところが、そんなことはお構いなしに2オン狙い。
結果は、わずかにショートし池に転がり込むボール。
普通ならここでパニックです。
そして、栄冠も指先からスルリと抜け落ちていくでしょう。
そこが並の選手と違うところです。
きちんとリカバリーを果たします。
このタフな精神力と確かなスキルは本当に17歳なのか?と疑いたくなるほどでした。
ホールアウト後の優勝インタビューでは、「途中誰かに助けてもらいたくて泣きそうでした」と語っていました。
また、最終パットは手が震えたとも言っていました。
しかし、すべてを自らコントロールし、優勝しました。
そして、前回の初優勝と今回が大きく異なる点は、今回は狙って優勝したということです。
諦めなければ、必ず実現できます。
「プロフェショナル・仕事の流儀」で野尻知里氏がおっしゃっていらっしゃいます。
夢が人を動かし、夢を実現するのは自分だと。
そして、「まず大事なことは、何にパッションを覚えるかを探すこと。それを見つけたら、もうしつこく粘り強く諦めずやり続けること。障害があったらそれをスプリングボードにすること」だとプロフェショナルを定義なさっていらっしゃいます。
これら3つの例で分かること。
それは目的・目標を定めたら、決して諦めず進むこと。
これに尽きると思います。
泣き言や弱音を吐いたら終わりです。
しかし、生きている以上ネガティブになることはあります。
成功と失敗の間に横たわる大きなネガティブという狭間があって、このネガティブをいかにコントロールするかが重要なのだと思います。
この狭間を飛び越える橋こそが、人としての精神価値なのではないかと思ったりします。
この橋を架けるのは自分自身です。
頑張って堅固な橋を架けたいと思います。
では今日もBreakThroughを目指しましょう♪